20260916

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同期研修があった

今日は入社n年目研修というのがあった。研修の内容は全然専門的なことや会社の帰属意識を植え付けるようなものではなく、今後のキャリア形成だったり自己分析をした結果をグループで話し合ったりするものだった。研修というよりは、毎年同期を全員集めて交流をさせるという目的が近いかもしれない。

毎年やっていて、去年までの研修はそこまで覚えていない。周りはみんな「研修だりー、仕事やばくてー」みたいな雑談話がほとんどだったと記憶している。


ただし今年は違った。流石に入社n年目となったからか、明らかに自分の仕事に自信を持っています!という人が増えていた。

研修の始めは自己紹介から入るのだが、そこでやはり普段やっている業務内容の説明のパートが入る。今年は「PLで〇〇規模の案件を回しています。」や「お客様先でコンサルとして提案をしています。」といった自分の業務を堂々とアピールできている人が増えていた。私もそれなりのこと嘘をつかずに少し見栄を張って説明をした。

趣味は仕事に勝らない

その中で一人、気になる人がいた。

入社時からAWS案件にずっと携わり、現在はお客様先のAWS導入支援案件のPLをしているらしい。AWS試験12冠を達成したと言っていた。スゲ〜って思う。

正直、私はその人が羨ましくて仕方がなかった。話を聞いていて、同じ会社でもここまで境遇が変わるのか。って驚かされた。


私は業務アプリケーションエンジニアというものを入社時からやっている。正直、「業務」というものにずっと触れてきて楽しいと感じたことは一度もない。

仕事で楽しいと感じるのは、Excelマクロ作って作業を効率化した時だとか、勝手に既存のCI/CDを弄って気持ちよく動いた時だとか、ソースを書いて/読んで処理の流れを理解した時だとか、とにかく「技術」の部分に楽しさを見出すことしかできなかった。「業務」というのはそれを実践する理由となる目的や建前といったものでしかない。

顧客調整を行う片手間にAWSを触る機会が少しあるのだが、最近はその時が仕事で一番楽しいと感じている。

そして「業務」アプリケーションエンジニアなのだから、当然「業務」の部分の負担は物凄く大きい。工数の割合でいうと9割くらいはこの「業務」の部分を触っているだろうか。

とにかくこの「業務」という部分がつまらない。その上今後の自分のなんのためになってくれるのかも全く分からない。顧客が変わった瞬間にずっと学んできた知識は塵になる。

そんな「業務」に仕事の、自分の人生のモチベーションを割くことができるわけがない。


私は趣味として技術に触れている。やってて楽しいから。

それが今の業務上で技術的なことをやれ。と言われたときに間違いなく役立っているし、一定の評価もされている。

ただし、普段の業務からその「技術」に触れている人にはスキルで遠く及ばない。きっとそうだろう。私が仕事の9割を「業務」というなんの役にも立たない分野に振り回されている間に、そのうちの大半を「技術」に向けることができる。私が趣味でやっている時間なんてのはきっとその1割にも満たない。

趣味でやっている人間が、仕事でやっている人間に敵うわけがない。

3桁人いる新卒の配属なんて、本人の能力なんて一切考慮されておらず、(これは上司が酒の席で漏らした。)どのようなエンジニアになるかなんてのは完全に運でしかないのに、ここまで差がつくんだなぁ。と嫉妬した。

自分の仕事に自信が持てる人が羨ましい。

ただしそれは理屈の話で

現実には学生で私なんかとは比にならない技術力を持っている人や、完全に趣味でインフラを構築できる人間ってのはザラにいる。だから、仕事で触れてないから技術力が無いなんてのはただの言い訳でしか無い。

才能や育った環境や使える財産といった背景的な要因はきっとあるのだろう。突き詰めていくとエンジニアの技術力というのはそういうところに行き着いてしまう気がする。そう思いたい。私には技術力というものが圧倒的に足りていないのだから。環境のせいにしてしまいたい。

それでも恵まれている

研修前に同期の名簿を見ると、全体の5分の1の人数が消えていた。

更に他の人の業務話を聞いていると、客先に飛ばされて私以上に「業務」に触れている人はいるし、運用保守で定常作業をずっとやり続けている人もいる。退職をした人はもっと過酷な場で働いていたことも想像できる。そんな人たちと比べると、私の境遇はまだ恵まれている方なのだと思う。

弊社は業界では名前で伝わるくらいにはデカい企業なのだが、そんな中ですら運によってここまで環境に差があることを目にすると恐ろしい。会社の外に視野を広げるのが怖い。これは私が転職に踏み切れない一つの理由だろう。

努力を投げ捨てる理由にするつもりは決して無いが、やはり運というものはこの上なく大きく絡んでいることを目の当たりにしている。

とはいえそんな世の中に対して私ができることは無い。やりたいと思ったことに取り組んで機を待つ。それしか無いと思う。